黒船来航!戦後の日本の保険はこうやって変化してきた

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戦前や戦中は今の保険とは概念が異なる、徴兵保険が主流でした。
戦争に徴兵される子どもにかけておき、徴兵時にお金を受け取る仕組みです。

でもヨクヨク考えると、怖い話ですよね。

もちろん戦時中のことをリアルで知っているわけではありませんが

「お金を受取る」=「子供が徴兵される」

お金より、子供の無事を願ってならなかったと思います。
ですが当時の背に腹は代えられない色々な事情もあったのだと思います。

終戦後は戦争によって夫が亡くなった戦争未亡人の働き口として、女性営業職員制度の拡がりをみせました。
ここから日本独自の保険文化が築かれていきます。

この記事では戦後の日本の保険がどのように変化していったのかを解説するので、参考にしてください。

生活スタイルの変化・イベントが保険を変えた

戦中戦後間もなくは、貯蓄目的の保険のニーズが高く多くみられました。
しかし、戦後の地方から大都会への集団就職が活性化すると共に、田舎を離れ核家族化が進み、それまでは大家族が支えるという広義の「保険機能」が無くなり、それぞれの家庭が、大きな保険をかけなくてはならない必要性に迫られてきたのです。

そのため、死亡したときにお金をたくさんもらえる「定期付き終身保険」が発達するようになりました

定期付き終身というのはセット型の商品です。
戦後から2010年ころまで50年以上、保険販売のトップ商品として君臨し続けています。
2010年ころから少しずつ変化していますが、保険商品全体をみても多くの割合を占めている保険です。

外資による強制圧力が新分野を発達させた

1973年にアリコジャパン(現在のメットライフアリコジャパン)、その翌年1974年にアフラックなどの外資が参入してきました。
この外資の参入は、まさに「黒船来航」といった衝撃だったのです。

日本の保険もここからさらに変化していきます。外資の参入によって、当時なかった第3分野が発達してきました。

第一分野は死亡保険や生命保険です。第二分野は損害保険。
そしてそれまでなかった第三分野と呼ばれる医療保険とがん保険が浸透していくようになります。

がん保険はアフラックが持ってきた保険です。
日本市場にアフラックが参入してこなかったら、ここまでがん保険は普及していなかったかもしれません。

がん保険が普及しはじめたのが30~40年ころ前です。
日本ではがんは不治の病として知られていました。
当時放送されていたさまざまなドラマの中で、がんは大変な病気としてピックアップされており、たくさんの人々に恐怖心が植え付けられていたのです。

「がんにかかると大変だ」と感じていたところに、アフラックのがん保険の重要性が響き、一気に普及しました。

私は11年前から、20か国以上の保険を見ています。
がん保険はあるのですが、日本以上に普及している国はありませんでした。

日本人の死因はがん以外にもあります。
脳内疾患と心臓疾患、がんによる死因の割合はそれぞれ3割くらいです。
しかし、脳内疾患保険や心臓疾患保険は特にありません。

保険コンサルティングのはじまり

これまでは女性が保険商品の販売を行うのが当たり前でした。
それ以外の方法が考えつかなかったのです。
しかし、1981年にソニーとプルデンシャルによって、ソニー・プルデンシャル生命保険が設立されたことで、大きく変化が起こります。

今までなかったライフプランによるコンサルティングセールスのはじまりです。
はじめてライフプランという言葉が出てきました。

ここから2000年に入る20年間くらいの年月をかけて、ゆっくりとライフプランコンサルティングセールスが浸透しはじめます。
はじめは真新しいものとして受け入れられなかったライフプランコンサルティングセールスも、90年代に入ると少しずつ普及するようになりました。

他の保険会社も黙って見ているわけではありません。
ソニー・プルデンシャル生命保険に続き、アリコジャパンやアクサ生命、マニュライフ生命なども、ライフプランコンサルティングセールスに参入しました。

保険料競争の戦国時代に突入

1990年代に入ると、予定利率がどんどん下がっていきます。
2000年ころには保険料金合戦ともいえる、戦国時代に突入しました。
掛け捨ての保険に関しては、毎年の保険料金が安くなる現象が起こりはじめたのです。

保険料金は基本的に年齢が上がるにつれて、支払う金額は高くなります。
しかし、年齢が上がって増えた支払い金額よりも、割引される金額の方が多いのです。
毎年保険料金を見直すと、安くなっている場合が多いので、3年に一度は見直しをされることをおすすめします。

2020年には貯蓄型の保険はですね実質マイナス金利になりました。
新しいステージのはじまりです。
この貯蓄型保険については、別の記事にて紹介します。

まとめ

終戦後は核家族化が進んだことで、保険の形も変化していきます。
死亡したときにお金を受け取る定期付き終身が発達しました。

1970年代に入るとアリコジャパンやアフラックなどの外資が参入し、保険の第三分野が発達していきます。
現在は当たり前のようにあるがん保険は、アフラックが日本に持ち込んだ保険です。

1980年にはライフプランによるコンサルティングセールスがはじまりました。
はじめはなじみがなく、なかなか浸透しませんでしたが、20年かけて少しずつ一般市民にも受け入れられるようになったのです。

2000年ころは保険料金がどんどん下がる、まさに保険料金の戦国時代に突入しました。
保険料の見直しをすることで、安くなっている可能性があります。

上記でもお伝えしましたが、家庭内のイベント(結婚、住宅購入、出産など)あなた自身のライフスタイルが変化した時や、少なくとも3年に一度は定期点検(場合によっては見直し)をされるとよいでしょう。

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記事監修:INSURANCE 110 DIRECTOR 才田 弘一郎
日本・海外で累計2,000名以上のお客様の資産運用をサポート。
香港、シンガポール、日本、アメリカなど世界各国の保険やオフショア商品の事情に精通。
日本人に適した「出口戦略」を意識した堅実な資産運用の提案が得意。